大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和43年(特わ)1044号 判決 1968年12月26日

本籍

朝鮮済州道北済州郡済州邑外都里一区

住居

東京都台東区浅草四丁目二四番二号

団体役員

高大集

大正一三年一〇月八日生

公務執行妨害被告事件

検察官

加藤泰也 出席

主文

被告人を懲役六月に処する。

ただし、この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和四二年一二月五日東京都千代田区平河町一丁目一番地木下二郎こと具次龍方において、収税官吏である東京国税局国税査察官白石昂ら一〇名がかねて右具次龍が代表取締役をしていた三和企業有限会社に対する法人税法違反事件調査のため東京簡易裁判所裁判官石毛平蔵の発付した捜索差押許可状にもとづき捜索差押を実施した際、同日午前一一時頃右同所玄関内において、右職務執行中の収税官吏である国税査察官中台昭に対し「お前はだれだ」、「国税局には用はない」などとどなりながら右手で同人の右肩付近を突いて同人を後方に押し、もつて同人に対し暴行を加え、ついで約二〇名の朝鮮人と共謀のうえ、同日午前一一時過頃から同一一時三〇分頃までの間、前同所一階応接間において、右職務執行中の収税官吏である国税査察官野見山雅雄らに対し「泥棒」、「出て行け」、「調査をやめろ」、「馬鹿野郎」などとこもごも大声でどなりつけてつめより、同人らに危害を加えかねない気勢を示して脅迫すると共に、差押手続中のテーブル上に熱し柿を投げつけ、さらに、その場にあつた差押物件を手あたり次第取り上げ、これを制止しようとした前記白石査察官の胸倉を掴んで押し、ついで同査察官鈴木鹿太郎の背広の前襟を掴んで振り廻わし、その間、被告人において右野見山査察官が坐つていた椅子を背後から押し上げて同人を前のめりにさせるなどの暴行、脅迫を加え、もつて同人らの職務の執行を妨害したものである。

(証拠の目標)

一、 証人藤ケ谷金治、同白石昂、同中台昭、同野見山雅雄、同宮興、同杠忠義、同小松幹雄、同矢部茂の当公判廷における各供述

一、 司法警察員作成の検証調書

一、 裁判官作成の捜索差押許可状謄本二通

一、 登記簿謄本二通

(公訴棄却の申立に対する判断)

田代弁護人は、本件公訴の提起は、在日朝鮮人に対する弾圧のためにのみ行われたものであつて公訴権の濫用の場合にあたるから本件公訴は違法であり棄却さるべきであると主張する。しかし、本件犯行の態様、結果からみると、本件被告人の行為は公務執行妨害罪として充分可罰的であり、その犯情も決して軽いものということはできないのであるから、かかる犯罪について公訴を提起することは当然検察官の正当な職務行為にすぎず、在日朝鮮人を弾圧することのためにのみなされたものとはいいえない。したがつて、本件公訴の提起が公訴権の濫用であるということはできず、右弁襲人の主張は理由がない。

(弁護人の主張に対する判断)

床井弁護人は、被告人らが、本件捜索差押に対しこれを妨害したとしても、右執行は、令状の呈示がされず、また法に定める立会人のないまま行われたものであつて違法であつたので、これを防衛するためなされたものであるから、被告人らの行為は正当防衛行為に該当し、かりにそうでないとしても過剰防衛行為にあたる旨主張するので判断する。

まず、本件捜索差押が違法であつたか否かについて検討すると、東京簡易裁判所裁判官石毛平蔵作成の捜索差押許可状謄本および証人藤ケ谷金治の当公判廷における供述によると、本件許可状はその形式、内容において適法なものであること、右令状は執行前に金金子に対し適法に呈示され、これを見て同女は、わかりましたといい、ついで同女が、子供が学校へ行くまで猶予して貰いたい旨申し出たので、その次女が登校するのを待つて執行に着手したこと、執行に際しては、同女に立ち会いを求め、その立ち会いのもとに行なわれたことなどが認められる。証人金金子は当公判廷において、本件令状は金金子には全く呈示されなかつたし、執行に際しては、査察官に二階で立ち会いなさいといわれたが、見ても分らないからすぐ下へ降りて来た、女中は立ち会つていない旨、また証人金雲は、奥さん(金金子)に聞いても要領を得ず令状をはつきり見ていないようなのでもう一度見せてやるように査察官にいつたが拒否された旨それぞれ供述する。しかし、証人藤ケ谷の供述は具体的かつ、詳細に令状呈示にいたつた前後の事情が述べられ信憑性が高いほか、執行には豊富な経験を有する藤ケ谷査察官が、執行の基本的要件である令状の呈示をしないということは通常考えられないところであるし、本件令状の呈示をしないで執行しなければならないような特別の事情は存在しないのであつてみれば、同証人のこの点についての供述は信用すべきであり、これに対比すると、証人金金子の供述は信用することができない。

また、立ち会いについては、同女は査察官らから立ち会うようにいわれており、その執行がなされる間同一家屋内にあつて、随時その執行の状況を見ることができる状態にあつたことが明らかであるから、立ち会いがなかつたということはできない。そうであれば、本件執行は適法に開始されているのであるから、その後金雲らが令状を見せろと要求すること自体許されないし、金金子が再度呈示を求めても、これに応じる必要はないわけである。なお、妥当性の問題として再度呈示することが相当である場合も考えられるが、本件の場合には刑訴一一二条一項に違反して、白石査察官らから立ち入りを禁止されながら、現に捜索差押状の執行中にその場所である具次龍宅に、朝鮮人らが立ち入つており、かなり空気も険悪化していたことが認められるのであるから、このような場合に、法の要求する限度を超えて再度令状の呈示を行う必要は全くないものといわなければならない。したがつて、本件捜索差押許可状の執行が適法であつたことは明らかであり、白石昂らの本件職務の執行が適法性を有していたことは疑いないところである。したがつて、右弁護人の主張は前提を欠き理由がない。

また、田代弁護人は、被告人の本件犯行には可罰的違法性がないというけれども、右にみたとおり、本件捜索、差押許可状の執行は適法であり、その犯行の態様、結果ともに軽視すべきものではないのであるから、被告人の本件行為が不可罰的であるということはできない。

なお、中村弁護人は、当公判廷における各証人の供述には、相互に不一致、矛盾する点があつて、これら証言には信用性がない旨主張するけれども、数人が一個の過去の事実について供述する場合、その供述者の位置、立場、認識等により、その知覚、記憶、表現、叙述において相異するところのあることは経験則上むしろ当然であつて、数個の供述のうちその一部が一致しなかつたり、あるいは矛盾するところがあつたとしても、これら供述者において作為的に虚偽の供述をした疑いのある場合のほか、そのことの故をもつてこれを信用できないものということはできない。これら不一致、矛盾する部分を含めて何が真実に合致する事実であるかを確定することが事実の認定である。本件において、前記各証人の供述が、作為的に虚偽の供述をしたことの疑いがないことは、当公判廷における右各証人の供述態度およびその内容からいつて明らかであるから、同弁護人のいうように、右各供述が信用できないものということはできない。

(法令の適用)

被告人の判示中台昭に対する暴行の点は刑法九五条一項に、共謀して野見山雅雄らに対して暴行、脅迫した点は同法六〇条、九五条一項に該当するところ、以上は、東京国税局国税査察官白石昂らが判示捜索差押を執行するに際し、右一個の公務に対し、被告人が包括した故意にもとづいて犯され、その日時、場所も異るところがないのであるから一個の行為として評価すべきであり、被害法益もまた一通の令状による捜索差押という一個の公務の執行にほかならないのであるから、包括して一罪と解すべく、結局一罪として同法九五条一項の刑に従い処断すべく、所定刑中懲役刑を選択し、その刑期範囲内において、被告人を懲役六月に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項本文によりその全部を被告人に負担させることとして主文のとおり判決する。

(裁判官 大関隆夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例